鳴かぬなら 他をあたろう ほととぎす

妖怪・伝説好き。現実と幻想の間をさまよう魂の遍歴の日々をつづります

伊福部昭「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏狂詩曲」でゴジラと遭遇す

ゴジラアカデミー賞をとっちゃった()ために便乗ネタになりそうですが…伊福部昭先生の作品についての投稿でも(これでも投稿する時期をちょっとズラしたんですよ😄)

伊福部昭「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏狂詩曲」

井上喜惟(指揮)・久保田巧(ヴァイオリン)・アルメニアフィル

収録作...って見づらいですね(苦笑)

伊福部昭の作品には日本的な面とより広い意味でのアジア的な面、さらにスラブ的な面をも持ち合わせているとよく言われ、いかにも日本的な作品と思わせる一方で普遍的なクラシック作品としての魅力も備えていると思います。

彼の作品に関して評論家の片山杜秀氏が以下のようなことを書いていたのが印象に残っています。(わたしの記憶を元にしたものなので表現の細かい部分には違いがあり)

伊福部昭は幸福な作曲家である。映画音楽で成功したクラシック作曲家はしばしばその映画作品によって広まった世間一般のイメージと、本人が本当に追求したいクラシック音楽家としてのスタイル/作風とのギャップに悩まされる。しかし伊福部昭にはそのような葛藤はなかった。怪獣映画をきっかけに彼の音楽に興味を持った人が彼のクラシック音楽を聴けば彼のことがもっと好きになるだろう」

そもそも彼の代表作となった「ゴジラのテーマ」からして彼のクラシック音楽からの転用...というわけでようやく本題、今回挙げたCDにはその原曲「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏狂詩曲(71年改訂版)」が収録されています。

これは非常に面白い曲でして、第1楽章でゴジラのテーマとまったく同じフレーズが登場します(もちろん話は逆ですが)。先述のように伊福部昭の作品は多分に大陸的な豪快さとスケールの大きさを持っている一方、「いかにも日本!」的なメロディやリズムはあまり使っていないと思うのですが、この作品ではかなり露骨に日本情緒あふれるメロディが使用されています。第1楽章のヴァイオリンなどはちょっとだけ「ねんねん、ころりよ~」の江戸子守唄を連想させるほど。

古き良き日本の田園風景を想起させる情緒あふれるノスタルジックな雰囲気。そこへゴジラがやってくる()。しかも突然ゴジラのテーマが挿入されるわけではなくて、曲調が少しずつゴジラのテーマに近づいていくような感じ。聴いていると逆にゴジラの方がそれまで脳裏に浮かんでいた田園風景に少しずつ接近していくような印象を受けます。

ゴジラが来るぞー!逃げろ!」みたいな

2楽章はそんなノスタルジックな日本情緒とエキサイティングな怪獣映画が混在したような状況を作り出しつつこの人お得意の力任せな展開で突進しつつ最後は豪快にフィニッシュ。

作曲は1948年、その後何度か改訂が行われてこの録音は最終稿となる1971Ver

ゴジラのテーマをすでに知っている現代のわれわれが聴くともう完全に「ゴジラの元ネタ」な作品となってしまうわけですが、ゴジラが世の出る前はそんな先入観なしでこの作品が聴かれていたことになります。

当時の聴いていた人たちはどんな印象を持ったのでしょうか?

いずれにせよ、2024年の現在においてもまごうことなき異形の作品。

ぜひご一聴あれ↓この動画は井上道義(指揮)小林武史(ヴァイオリン)・東京交響楽団

 youtu.be

取り上げたCDの方は井上喜惟がアルメニアフィルを振った録音。ってそもそもアルメニアとはどんな国?

世界で最初にキリスト教を公認した国、中世から近代初期くらいにかけてユダヤ人と並んで商業で大活躍していた人たち、そしてアラム・ハチャトリアンのルーツとなる国。

カラヤンアルメニア系という説もあって、彼が商売上手だった根拠にもなっているみたいなんですが()。個人的にははじめてこの国のことを知ったのが90年代はじめに話題になった「アゼルバイジャン-アルメニア国境紛争」でした。なのでいい出会いではなかったのですが…

このアルメニアのオケで伊福部昭の作品を聴くと彼の作品に宿るハチャトリアンの要素がよく聴き取れるような気がします。とくにこの曲の第2楽章などにそれが見られるようです。

となるとゴジラの音楽にも大陸的・異国的な要素がたっぷりと入っていると言ってもよいのではないか?

その意味でもじつに伊福部昭らしい作品。

そしてゴジラが完全に国際的な評価を定着させている今、ようやく時代が伊福部昭に追いつこうとしているのかもしれません。

伊福部昭の作品は演奏がけっこう難しいようで、西ヨーロッパのオケが演奏すると滑らか(レガート?)になりすぎちゃって彼の作品(とくにゴジラに代表される)の特徴であるグルーブ感が失われがち。

一方日本のオケが演奏するとそのグルーブ感(ゴジラがのっしのっし歩くような感じ?)を意識しすぎて鈍重な感じになってしまいがち。「もうちょっとシャープに行こうよ!」と言いたくなるような。

そんなさじ加減が難しい伊福部作品はアルメニアやロシアを含めた東欧系のオケが向いているんじゃないか?なんて気もします。

ちなみに上記の2枚目の画像の端っこに入り込んでいる本はゴジラの原作者、香山滋(1904-1975)の著作(絶版本なのでパラフィンのカバーつき/苦笑)。この人もかなり異国情緒あふれる作品をたくさん残しております。

ゴジラ、そして今や国際用語となった「Kaiju」のイメージは異国の文化をたっぷりと吸い込んだこの2人によって生み出されたのだ!と結論づけたい。