↑の画像は後述する東京都港区の愛宕神社です。
歴史や寺社・仏閣がお好きな方の中にはおそらく山も好きという方が少なからずいらっしゃると思うのですが、そんな山好きにとっての心強い味方、山と渓谷社から↓のような素敵な本が出ております。
2万5000分の1サイズの地図に記載&命名されている山々をいろいろな視点から類したものでして、歴史好きにとってもなかなかに面白い内容になっております。
いわゆる「平成の大合併」によって歴史的な地名の多くが失われてしまったわけですが、山は合併しようもなく、名前も変わっていない。今後も山体崩壊でも起こさない限りは変わらないでしょう(自治体が観光客誘致のためにどうでも名前にいい変えてしまう...なんてことは起こらない、と思いたい)。
となると現代において山の名前は歴史の視点から見て今後ますます重要な意味を持つのではないかと。
そんなわけでこの本を元にちょっと遊んでみました。
まず日本にはいくつ山があるのか?上記の条件では1万8000座ほどだそうです。そして全国には同じ名前、あるいは似たような名前の山がたくさんある。
もっとも多いのは何だと思いますか?
答は城山で279座(山)。さらに名称に「城山」を含むもの(高城山とか)が427座(!)
これらの名称のほとんどは「かつてその山に城が築かれたから」を由来としているそうです。
もともと山城とは防御施設であって、武将たちは普段は山麓の館で生活していた...と言われいますが、このたくさんの「城山」はそんな武将たちのお城事情を示しているのでしょう。
現在われわれが「日本の城」と言われて思い浮かべる城郭はそのほとんどが戦国時代の末期に築かれたものであって、しかもその歴史のほとんどは天下泰平後における地方自治体の県庁みたいな位置づけでした。なので実際の、日本の城郭の歴史の主流を占めていたお城とはかなり違う、特殊なタイプと言えそうです。英語だと現在のいわゆる「日本の城」は「Castle」、かつて山に築かれていたお城は「Citadel」ってことになりましょうか。
で、2番目に多い名前が「丸山」で163座。加えて「丸山」を含むものが243座(円山は除く)。その多くはなだらかな山容から名付けられたらしい。
そして3番目が今回のメインテーマ、愛宕山。112座、さらに「愛宕」が含む山が114座。
愛宕と言えば京都の愛宕山が本山とする愛宕信仰がよく知られており、全国各地に愛宕神社が見られます。現在の愛宕信仰は明治の神仏分離・廃仏毀釈の影響でかなり形骸化してしまっていますが、もともと「愛宕権現」という名でしばしば天狗のような姿をとり、火防の神として信仰されていました。この手の神仏習合の信仰は複雑怪奇なので興味のある方は↓のWikiページをご参照ください。
この京都の愛宕山&愛宕神社は天狗信仰の総本山とも目されており、この地に住む(祀られる)天狗「太郎坊」は全国の天狗のボス的な位置づけとなっています。なんといっても「太郎」ですからね。
というわけで↓はその天狗についても少し触れられている愛宕権現についてのWikiページ
平清盛が台頭するきっかけにもなった平治の乱においては藤原頼長がこの京都の愛宕神社の天狗に祈りを捧げて近衛天皇を呪詛して死に追いやった...という噂が京都を飛び交ったそうですし、その後平家が政権を握った後に政局がかなり緊迫の度合いを高めていた1177年に発生した大火事(京の都を焼け野原にした)のことが愛宕神社の太郎坊天狗が引き起こした、との噂から「太郎焼亡(安元の大火)」と呼ばれたりもしています。
そんな火防の神さまの名前を冠した神社はもちろん、山までたくさんある。しかも「天狗山」という名前も全国に45座、「天狗」が含まれる山がじつに116座、さらに天狗岳が21座、「天狗森」という名の山が13座ある。
さらに愛宕権現と並んで火防の神として広く信仰を集めた秋葉権現との関わりを推測させる「秋葉山」という名の山が24座あります。
火防の信仰と関わりがあると推測させる山が400座を軽く超える数存在している!
ほかにも東京でおなじみの高尾山(37座、「高尾」を含む山が41座)とか、天狗信仰でおなじみの栃木県の古峯神社と同じ名を持つ古峯山(神奈川、新潟、山形などにある)など天狗や火防と関係ありそうな山がまだまだほかにもあります。
これはいかに昔の人たちにとって火事が恐ろしいものであったか、そして火事予防のための信仰がかつての日本人の民間信仰において大きな位置を占めていたかを示しているんだと思います。おそらくこの火事は住宅の火事だけでなく、生活の糧をもたらし、祖霊が子孫を見守る場所である山の火事も含まれているのでしょう。
愛宕信仰のWikiページでは東北地方に愛宕神社が多いと書かれていますが、それも山火事への恐怖・警戒心が強かったからなのかもしれません。
よく神社・神道がらみの話題では「日本でもっとも神社があるのは稲荷神社と八幡神社。この二社が古くから日本人の間から厚い信仰を集めていた」とよく言われますが、歴史的な視点で「日本人はそのどんな神さまを信じてきたのか」を考える場合にはこのような失われてしまった火防の信仰も見るべきなのでしょう。(ちなみに稲荷山は19座、プラス「稲荷」を含めた山が21座)
本来なら地名でそうした試みができるはずなのですが...かなり難しくなってしまいました。
さらにもうひとつ、信仰絡みの山名で興味深いものでは「妙見山」もあります。妙見信仰も明治の神仏分離によって大きなダメージを受けてしまった信仰ですが、妙見山が51座、「妙見」が含まれる山が53座、合計で100座を超えているのですから、現在では想像できないくらい広い信仰を集めていたのでしょう。
↓は表紙画像に設定した東京の港区にある「出世の階段」で有名な愛宕神社
↑かつては東京湾や房総半島を眺めることができたっていうんですから、信じられませんねぇ。
↑この出世の階段をしんどいと感じるかどうかでその人の体力とか、健康年齢がわかっちゃう、みたいな。わたくし?もちろん楽勝ですよ!🤪
境内には天狗信仰の名残とも言える「太郎坊社」なる摂社もあります↓
この太郎坊社の現在の祭神は猿田彦。しばしば描写されるこの神のお鼻が長い姿が天狗と習合したようですね。
この愛宕神社は説明板にあるように愛宕山という山上に鎮座しております。自然にできた山の中では東京23区内では最高峰! その標高は26メートル!
大阪には大阪冬の陣で徳川家康が、夏の陣では真田幸村が本陣を張った地とされている茶臼山という山があります(ちなみに茶臼山の山名もけっこう多くて46座、「茶臼」を含む山が57座)。
この茶臼山の標高が奇しくも東京23区最高峰と同じ26メートル!
なので23区内在住の人間からすると「家康や真田幸村はそんな高いところに陣を張ったの?空中戦か?」なんて思ってしまいます🤣。
ちなみに県内にある山の平均標高、なんてデータもありまして、東京は665メートルで47都道府県中35位、大阪は393メートルで45位。東京が意外に高いのは奥多摩を中心とした都内西部の山々が大貢献しているからですね。都内最高峰は雲取山で2017メートル、「侮るなかれ東京!」って感じ。
で、この県内の山々の平均標高並びに県内最高峰の標高がもっとも低い県はどこか?というと千葉県。そんな千葉県の最高峰が愛宕山で408メートル。この山の一帯には天狗伝説などもあります、そして現在この山は自衛隊の基地があったりして、事前に申し込まないと立入禁止。現代の妖怪伝説って感じ?
愛宕山と名前のつく山は標高が低いところが多いようです。人々にとって身近&切実な信仰だっただけに近くにある登りやすい山に名付けられることが多かったのでしょう。この東京と千葉の愛宕山はそれを象徴しているようです。
さて、山林が多い日本では山はとても身近な存在、おそらくこの記事を読んでくださっているみなさまひとりひとりにとって「身近な山」「推しの山」があるんじゃないでしょうか。あなたの近くに愛宕山はありますか?もしくは、火防と関係ありそうな名前の山はありますか?
ただし、この話には例外があります。そう、関東平野の住民(とくに東京の平野部と千葉県、茨城県)だけは当てはまりません。そもそも山がない! 「あなたにとって身近な山は?」なんて聞かれても答えようがない。
それでも茨城県はまだいい、霊峰筑波山がある。千葉県も観光スポットで有名な鋸山がある。これが東京の東部となると…
東京23区の片隅に住んでいるわたくしが個人的に身近な山と言われると思い浮かぶのは浅草にある待乳山くらいでしょうか。標高9.9メートル😵
しかしそんな平坦な地形を馬で駆け巡りながら血みどろの闘争を繰り広げていた坂東武士団が歴史を動かして武士の世界を作り上げるわけですから、世の中何が起こるかわからんものです。
愛宕権現のWikiページでは愛宕信仰と勝軍地蔵との関係についても触れられていますが、愛宕神社のすぐ隣りにある真福寺には勝軍地蔵の像もあります↓
この勝軍地蔵も廃仏毀釈で大きく損なわれてしまった信仰のひとつでしょうねぇ。
最後の最後、毎回恒例のわたくしの電子書籍の宣伝をば。やっぱりできるかぎりアピールする機会をもたないと埋もれてしまいますので😅何卒ご容赦を。
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