鳴かぬなら 他をあたろう ほととぎす

妖怪・伝説好き。現実と幻想の間をさまよう魂の遍歴の日々をつづります

強さは愛? ~直江兼続の前立の正体を探る 

前回の投稿で愛宕権現について触れましたので、せっかくなのでこの話題も。有名な戦国末期の名将、直江兼続(1560-1620)の兜の前立と愛宕権現との関係について。

↓の画像は米沢神社&米沢上杉博物館で撮影してきたものです。

堂々たる「」の文字が強烈なインパクト!

イメージキャラクターのかねたん&その愉快な仲間たち

この兜の本物はこちら、上杉神社境内にある上杉神社稽照殿(けいしょうでん)で見ることができます。残念ながら撮影不可。後述する上杉謙信着用と伝える「色々威腹巻」もここで。

前回の投稿でも書きましたが、愛宕権現とこの神を進行する愛宕信仰は非常に複雑な背景なり土台を持っておりまして、正直現代人には難しくてわからない部分もあるのですが、その信仰の重要な柱となっていたのが「天狗信仰」と「勝軍地蔵信仰」。天狗信仰は修験道の神として、さらに火防の神として広く信仰を集めました。

一方で勝軍地蔵は縁起のよい名前からでしょうか(しばしば「将軍地蔵」とも書かれる)、軍神として武士の間から広く信仰を集めました。

一応愛宕権現についてのWikiページのURLを貼っておきます

ja.wikipedia.org

残念ながら明治の神仏分離廃仏毀釈の影響でどちらも大きなダメージを受けてしまいまして、かろうじて信仰の名残を見て取ることができるような状態。とくに勝軍地蔵は忘れ去られた仏教信仰の代表格として上げられるのではないでしょうか。

慈悲深く、弱い立場の人たちを救うお地蔵さまが戦いを職業とする武士たちから軍神として信仰を集める、という発想そのものが(日本独自らしい)現代人からすると「???」ですが、実際にそういう信仰が存在していたわけでして。

愛宕の神さま(愛宕権現)が仏さまの形でわれわれの前に姿を現したのが勝軍地蔵...という本地垂迹思想が元になっているようです。

先日京都の北白川エリアについて少し触れましたが、このあたりは勝軍地蔵信仰が盛んだったらしく、現在でもこの仏(神?)を祀るお堂があったりもします。戦国初期の梟雄(?)、細川高国1484-1531)が現在はタヌキまみれのお寺で知られる狸谷山不動院がある瓜生山に勝軍地蔵を勧請したうえで築城(将軍山城)した...なんて話もあります。

この細川高国は権力闘争に明け暮れつつ足利将軍をとっかえひっかえすげ替えていた人ですが、勝軍(将軍)地蔵への信仰は忠実だったのでしょうか...などとツッコミを入れずにはいられませんが🤣

北白川エリアは現在の京都市街地の東の端っこ、一方愛宕信仰の本拠地、愛宕山は西の端っこ。かつて京都は愛宕信仰に東西から挟み撃ちにあう環境にあった...というのもちょっと面白いですね。

そんなわけで勝軍地蔵の情報そのものがごく限られていまして、どこに祀られているのかもよくわからない。その歴史的経緯からお寺のお堂に大事に安置されていることは少ないらしく、境内に設置されることが多いようです。なので「見つけたら撮影する」みたいな行き当たりばったりなパターンにならざるを得ない。

しかもこのパターンだと時間の経過とともに他の画像に埋もれてしまって「いつ、どこで撮影したのか」を忘れてしまう...なんて問題も出てきます。そもそも見つけて撮影したことそのものも忘れたりとか(苦笑)

とりあえずわたくしが撮影した勝軍地蔵を3つほどご紹介したいと思います。

まず↓は前回の投稿でも取り上げた東京都港区の真福寺にある像。すぐ隣に「出世の階段」で有名な愛宕神社があります。

それからはこれも東京、江東区成田山東京別院深川不動堂にある勝軍地蔵。大相撲ゆかりの神社で有名な富岡八幡宮のすぐ近くです。

上記の二つは新しいものなのでちょっと古いのを。↓は長野県茅野市にある達屋酢藏神社(たつやすくらじんじゃ)で見かけた像。見づらいですが土台の石に「愛宕山」の文字が見えます。諏訪大社の上社の最寄り駅、茅野駅から上社の前宮を目指す途中にあります。

どれも「騎馬のお地蔵さま」の構図で共通しています。これが一般的な勝軍地蔵のお姿、ということになるのでしょう。

「勝軍地蔵とはなんぞや?」をある程度イメージできるようになったところで改めまして直江兼続の「」の前立ての話へ。

この「愛」とはなんぞや?

有名な説が3つあります。

1.儒教に基づく「人民仁愛」からつけた。

2.愛染明王からつけた

3.愛宕権現からつけた

どれか?

全国各地に1000社を超えて分布しているという愛宕神社はとくに東北地方に多いこと、その東北地方の愛宕神社では現在でもしばしば勝軍地蔵の像が見られること、そして上杉謙信愛宕権現と同様に修験系で天狗とも縁が深い飯縄権現を信仰していたこと。こうした理由から3の「愛宕権現」がもっとも有力なのではないか、とわたくしは考えております。

愛染明王もかつて荼枳尼天(稲荷の神さまのひとつ)と深く結びついていており(神仏分離前に京都の伏見稲荷大社を管理していたお寺の名前はそのままズバリ、愛染寺)、「キツネ(のような生き物)に乗った神さま」の飯縄権現との類似性が考えられるため、捨てがたい面もありますが...新潟、山形という上杉家とゆかりのある地域、そして天狗とのつながりを考えるとやはり愛染明王よりは愛宕かな、と。

紛らわしいのは飯綱権現の信仰そのものに愛宕権現荼枳尼天の両方の要素が混在していた形跡が見られるところです。興味がある方は↓のWikiページをご参照ください。

ja.wikipedia.org

が有名な上杉謙信着用と伝える「色々威腹巻」の前立て。これも米沢市上杉博物館にて撮影。レプリカです。

そして飯縄権現は東京の高尾山がとくに有名でして、現地では素敵な像もあります

飯縄権現の本拠地、長野県にある戸隠山で撮影してきた飯縄権現(たち?)。戸隠山のすぐとなり...というか連峰のような形でつながっているのが飯縄権現発祥の地と伝えられる飯綱山です。ちなみに「飯縄権現」は「いいづな」でも「いづな」のどちらでもとくに問題はありませんが、「飯縄山」は「いいづなやま」です。試しに漢字変換してみると飯縄権現はどちらでも変換されますが、飯縄山は「いづなやま」では変換されません。

いかがでしょうか? 直江兼続の「愛」とはいったい何だったのか?

仮にわたくしの意見どおりに彼の前立の「愛」が愛宕権現由来だとするならば、次に気になるのが「直江兼続はどんな姿の愛宕権現を思い描いていたのか?」です。天狗のような姿か、それとも勝軍地蔵か? キツネ(のような生き物)に乗った妖怪か、馬に乗った勇ましいお地蔵さまか?

彼は当然、上杉謙信を深く尊敬していたでしょうから、飯縄権現にちなんで天狗のような姿をイメージしていた、とも考えられます。一方で戦国武将、しかも上杉家の重臣という立場を考えると勝軍地蔵のほうがふさわしいのでは?という気もします。

さて、どっちなのか?

東北地方に現在でも勝軍地蔵の像が見られることを考えると...こっちが有力かな?

一方、この前立を見ることになる彼の臣下や兵たち、さらに敵方はこの「愛」に何を見ていたのか? 馬に乗って襲いかかる勝軍地蔵か、それともキツネに乗って天を飛び交いながら神秘の力で襲いかかってくる天狗みたいな姿か。

昔の人たちの思考・想像回路を知ることは簡単ではありませんが、間違いなく言えるのは昔の人は現代のわれわれには見えていないものを見ることができた、ということ。そして彼らの行動や行動にいたる判断・決断にはその「われわれには見えていないもの」が深く関わっていた可能性が非常に高い。

歴史を学ぶ上では「われわれ現代人には見えないものを見る」視点が必要かな、と思います。

この直江兼続の「愛」の前立はそのわかりやすい例ではないかと。愛と言えば「Love」しか連想できない現代人の感覚でもしこんな前立てをつけたヘルメット(兜)を被った人を見たら…

「うわ、この人ちょっとやばいな。引くわ~」

とひるんでしまうでしょう😅。でももっともいろいろなものを見ることができた昔の人が見れば…

「うわ、この人神仏の加護を受けてるに違いないぜ!やばい、気をつけろ!」

とひるんでしまうかもしれません。

こんな漢字1文字を巡る連想や感覚だけでも現代人と近代よりも前の人たちとの間では非常に大きな溝が想定できるのですから、難しくもあり面白くもあり、ですね。

最後に、の画像は山形県米沢市林泉寺にある直江兼続お船の方夫婦のお墓。

思いっきり画像が傾いていて申し訳ないのですが😅。自分の骨格が歪んでんじゃないかと心配になってきます。

おっと、もうひとつ、かつて修験道は女人禁制の世界、さらに飯縄信仰では「セックスをすると験力が弱まる」とされていたらしい。

先ほど「彼らの行動や行動にいたる判断・決断にはその「われわれには見えていないもの」が深く関わっていた可能性が非常に高い」と書きましたが、「生涯不犯」「男色家」といった上杉謙信につきまとうイメージにはこの彼の修験道への信仰が深く関わっていた可能性があります。

少なくとも、修験道に深く帰依していた以上、「女性説」や近年見られる「トランスジェンダー説」はぜ絶対に成り立たない。もし彼がそうした立場にいたとするなら、彼は自分が信じている神仏に嘘をついていたことになる。それは世の上杉謙信のイメージを大きく損ねることになるでしょう。

と主張したい。

 

最後の最後、毎回恒例のわたくしの電子書籍の宣伝をば。やっぱりできるかぎりアピールする機会をもたないと埋もれてしまいますので😅何卒ご容赦を。

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